金木犀

金木犀の朝

まどろむ窓辺には

君と僕の

すれ違いの分量の水蒸気に

曇る 硝子

 

僕は

右手の薬指と親指

水に滑らせて

二重螺旋の模様を描いてみた

 

誰も見ていない朝だから

誰にも気づかれない朝だから

 

ここにある景色は 多分

 

一筋の陽の光のような脆さ

一雫の水滴のような儚さ

 

僕は片目を閉じ

硝子の上の透明の渦の

その隙間から

君を覗いてみる

 

まあるい世界がそこには見えた

きっと今が

朝露に反射したせいなんだ

バラバラの方角を向く

寒椿の首のように 

心は

 

もっと近く 

もっと遠く

 

そうして重力を捨て去りながら

白金色の輪郭を魅せてゆく

 

思い出すよ

幼い君が

その透明な眼差しを

地面に落とす時の憂いは

紫陽花の季節の雨に

濡れていた

 

思い出して

無垢な君の

その水のように柔らかな白肌は

行き過ぎる日々に耐え兼ねて嘆き

灼熱の季節の

渇き切った地面のように

叫び喘いだ

 

もしも 今が

君の耳に甘く突き刺さる

夜の波音の夜ならば

 

月の下

静かな闇に漂う香りは

狼の青い牙のように

甘く 鮮烈に 

君の脳裏に喰い込んで放れないだろう

そうして

幾度祓っても落とせぬ 

花粉のような呼吸を

鋭く鼓動する僕の心臓に

確かに 残してしまう

 

もしも 今が

黄金色の風に乗って

君と

空など見上げてしまう夜ならば

僕の若い血は 一気に溢れ出て

宙に浮かぶ、真白な絨毯から

二人 堕ちてしまうのだろう

 

でも

それでもいい それでもいい・・・

 

恐怖という自由を

君と共有したように 眠って

誰も気づかない

誰も見ていない朝に

いつか 

穏やかに手を取り合うのだ

 

君は片腕でいい

僕は二本の指の先で

互いの形を感じよう

 

太陽と月の輪郭を そっと

片目を瞑って地上から見上げ

ゆっくりと・・・

なぞるように・・・

 

金木犀の朝

まどろむ窓辺

 

君と僕の

すれ違いの分量

それは水蒸気 

 

硝子の向こうの世界で

金色の花が こくん、と頷く

 

僕は硝子の前に立ち 

もう一度

湿った透明の渦の

その隙間から

君を覗いてみた

 

花は目を閉じている

 

二つの世界が鏡に映って

誰にも繋がらない三本の糸が

不安げに彷徨っていることに

安心しているのだろうか

 

いつのことだろうと

君は僕に訊ねたりしないのだから

君と僕は

どこにもいない どこにもいない

どこにも帰らない

何も望んでいない

 

硝子の内側の花の色を

誰が知っているのか