伊豆を綴る 第3回

 

去年の秋に、ある一本の柿の木が気になっていた。

川奈の海を望む小高い丘の上に建つ鏡院きょういんという古寺から、川奈港へと下る緩やかな坂の途中にある民家の庭に、その柿の木はひっそりと、骨のような枝を広げて立っていた。

仕事を終えて帰路、夕暮時に坂道を下るときに目に入る痩せた灰色の枝。そしてその枝の奥には、切なく甘い鴇色の秋空が浮かんでいた。

川奈の夕空は透き通って優しい色をする。人恋しくなるようなその薄桃が海水の粒子と交じり合って溶け、この港町の空気になっている。秋が深くなっているので柿の木の枝にはもう葉は一枚も無く、無機質無骨な風貌を敢えて曝け出しているのかと思う程に、飄とその木はそこに在った。そしてその骨の節や指先には、秋の陽と浜から吹き上る潮風を無邪気に吸った朱色の実が、だらり無口にぶら下がっていた。その様を何の考えも無しにただ眺めていると、私は漠然と人の死を想っていた。重く熟れた丸い実は、私が知らぬ間に、ある時ぼたりと地面に落ち、朱い果肉を散らして静かに朽ちる。ああ、何だか人の命もまた、だあれも知らぬ間に、ある日ぼたりと落ちて、ただ、終るかなあ…などと。

柿の木を横目に過ぎて坂を更に下れば、淡い夕空を映した晩秋の海が穏やかな深い青に輝いて目前に大きく広がる。黄金色の月が天から吊るされて光る。東の岬の鼻に目をやると、若い頃船乗りであった今は亡き祖父も見ていたであろう白い灯台が、木々の生い茂る深い緑の中に立ち、小さな洞窟を灯すたった一つの釣洋燈のように、海と空の間でそのあか温かく放っていた。

すると、私はふと数年前、九十三で亡くなった祖父の通夜の晩のことを思い出していた。祖母はその静かな亡骸に、年季の入った濃紺の羽織をそっと丁寧にかけてこう言った。

「おじいちゃんがねぇ、結婚式のとき、着ていた着物…。」

祖母は涙を流し、優しく力強くそう言った。その瞳には、人の感情が凝縮された何かが宿っているようだった。貧しい時代、この小さな港町で七十五年を共にしたその二人の別れの瞬間に立ち会ったときの、得も言われぬ感覚が静かに蘇る。私は孫なのに、祖父の死をなぜこんなにも祖父と分かち合えないのだろうと悔しさと哀しさで涙が溢れたこと。そして、ああ、死とは限りなく、死にゆく本人だけのものなのだと知ったことも。

死の間際、病院で、

「川奈の水が飲みたい。」

と、しきりに言っていた祖父の面影が海に映るようだった。

そして、たった今私が見ているこの海は、十八の若き祖父が祖母と結婚した日に着ていたあの羽織と同じ深い青。祖父に繋がる青なのだと思った。

朱い実と、濃紺の海の残像を背に受けながら車を走らせ、残り僅かな紅葉が慎ましく揺れる汐吹トンネルを抜けて、私は川奈の海を後にする。

 

                                  一月九日 寒行の夜